新年企画
報道キャスター、キャシー・ヤンさん。活躍の裏には愛娘2人との親密な親子関係への努力が
コラソン・アキノ大統領がフィリピン史上初となる女性大統領に就任して2016年で30年。01年1月には女性2人目となるグロリア・アロヨ大統領も誕生した。世界経済フォーラムが発表した「男女格差年次報告15年版」では世界145カ国中で7位の高位にランクされるなど、フィリピンでは女性の社会進出が著しい。マニラ新聞は新年企画「ピリピーナの輝き」として、政界や報道分野の第一線で活躍する女性や、草の根活動で奮闘する女性たちを取り上げ、日々の労苦や葛藤を探った。
大手民間テレビ局ABSーCBNの報道番組でキャスターを務めるキャシー・ヤンさん(44)。明るさ、親しみやすさが持ち味。活躍の場は比国内にとどまらず、アジアの著名な賞を受賞するなど、国際的な報道キャスターとしても高い評価を得ている。しかし、輝かしい功績の裏には、愛娘2人との親密な親子関係を築くためには労をいとわず、「家族とのつながり」を重視するフィリピン人の特徴的な国民性が浮かび上がる。
「先生に『娘さんが毎日、夕日が沈む回数を数えてお母さんの帰りを待っているのを知っていますか』と聞かれ、子供と交わした約束を必ず守ることの大切さに初めて気付きました」。新年向け特別報道番組の収録後にインタビューに応じたヤンさんは、海外で働いていた時期の子育てを回想した。
ヤンさんは、1990年代にABSーCBNに入社。その後、名門英オックスフォード大学への留学を経験、ジャーナリズムの分野で腕を磨いたキャリアウーマン。2000年8月から9年半、米大手通信社ブルーンバーグの東京、香港両支局でキャスターとして活躍。アジア最大のテレビの祭典「アジアン・テレビジョン・アワード」で「最優秀報道キャスター賞」を01年から3年連続受賞。去年8月に古巣のABSーCBNに復帰するまでは、海外生活が長かった。
単身赴任のため、愛娘との関係づくりには気を遣った。比人海外就労者(OFW)は、ふるさとに残した子供との良好な親子関係を構築するのに苦労するのが一般的。報道の第一線で活躍し続けてきたヤンさんも例外ではなかった。東京勤務時は、娘らとわずかな時間を過ごすため毎週金曜夜に比に帰国、日曜夜に日本へ「とんぼ返り」するという過酷な生活を送っていたという。
「『ドアツードア』で移動の時間は8時間。まるで『国際宅配便』のような生活でした」と高らかに笑うヤンさん。毎朝3時起きで夜まで仕事が続く中で、娘との約束は大切に守った。保護者面談で「娘が毎日夕日を数えて母親の帰りを心待ちにしている」という事実を知ったからだ。「家に毎日いられない『母親』だからこそ、口にした約束は守ると決めていました」と娘との信頼関係づくりに奔走した当時を振り返った。
忙しい仕事の合間を縫って毎日決まった時間に、国際電話もかけた。好きなお姫様の話や学校での話題。たわいのない会話を娘と交わすための時間と出費は惜?しまなかった。「航空券の値段と携帯料金の請求書を見るたびに『オー・マイ・ゴッド』と青ざめました。でも、それだけの価値がありました」。
現在は2本の報道番組のメーンキャスターとして多忙を極めるヤンさんも、多くの日本の女性が葛藤する「仕事と結婚の両立」について悩んだ時期もあった。「結婚」の二文字が頭によぎったとき、付き合っていた比人男性に相談を持ち掛けた。「夜遅くまで現場で取材する仕事はもう辞めようと思う。スタジオでニュースを読むだけの部署への異動を希望しようかと思うの」──。
「母親は毎日子供のそばにいるべき」という考えが体に染み込んでいたヤンさん。しかし、男性からは予想外の答えが。「なんで君がキャリアを諦めなければならないのだ」。その後、ヤンさんはこの男性とゴールイン、今年4月で結婚21年目を迎える。「夕日を数えて母の帰りを待った愛娘」も長女が19歳、次女が10歳に。今では「毎日娘たちと会話する母親の役割」を楽しんでいる。
日本では近年、仕事と育児の両立を重視する夫婦が増えてきているが、まだまだ「キャリアウーマンは家庭を顧みず仕事に向き合わなければならない」という固定観念がある。ヤンさんは「困難にも必ず解決法があります。それは前に進み続けること」と、仕事と子育ての両立に悩みがちな日本の女性に貴重なエールを送った。(鈴木貫太郎)