ハロハロ
以前、この欄でアントニオ・デ・モルガ著「フィリピン諸島誌」に触れた。スペインによる統治の初期に書かれた著作だが、後半部分を読んでいて、驚くべき一節に出くわした。「(フィリピンの)全諸島を通じて原住民はほとんどギリシャ文字かアラビア文字に似た字で、非常に立派な字を書く」。イエズス会士ペドロ・チリーノはさらに古い文献で記す。「この島の人は皆、読み書きができ、男ではマニラの島に特有の文字で読み書きができないものはほとんどいない」。女は男以上に読み書きできるとも書いている。
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日本は昔から識字率の高さで知られたが、庶民の多くが読み書きできるようになったのは江戸時代、寺子屋が普及してからだ。日本の室町時代、フィリピンでは誰もが読み書きできたとは大変な文化水準だ。文字は中国、日本、インドのどれとも違ったという。調べていくと、この記述に触発され、一念発起したのがホセ・リサールだ。我々は長い植民地統治を受けているが、決して劣等民族ではない。統治者自らが島民の文化の高さを証言しているではないか、と国民を覚醒させる運動を続けた。
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しかし、貴重な文化遺産、フィリピン文字は植民地支配の過程で消えてしまった。「スペイン語はフィリピンの共通語とは成りえない。心の中のすべての感情を表現する語句がスペイン語にはない」と語ったリサールだが、自らの著作や感動的な遺書「別れのあいさつ」をスペイン語で記さなければならなかった。先祖たちの文字が残っていればそれを使って書けるのにー。リサールには無念の思いがあったに違いない。(雍)