マカティ市の移動屋台
押し寄せる変化の波
アヤラ通りを中心にブエンディア、パサイの両通りに挟まれたマカティの金融ビジネス街。整然とした大通りから一歩、小道に入ると、ビルの谷間でジープニーやバンなどの商用車を改造した「ジョリー・ジープ」と呼ばれる移動式屋台が軒を連ねるのに出くわす。その数、百軒以上という。焼そばなどの軽食は十五ペソ程度。値段が手ごろでメニューが豊富なため、近隣のオフィスで働く従業員らの客足は一日中途絶えることがない。
午後三時過ぎ、エステバン通りの屋台で会ったのは、金融会社に勤めるというジェニー・マチュラさん(20)。グッチのハンドバッグをカウンターに置き、同僚と一緒にグラタンとコーラを交互に口に運んでいた。「オフィスのすぐ前にあるから短い休憩時間が有効に使える」とお気に入りの様子。毎日三十分の「メリエンダ(おやつ)休憩」はほとんど屋台で過ごすという。
このように若い女性にも親しまれている屋台に最近、大きな変化の波が押し寄せている。マカティ市が今年三月、衛生面で問題があるとして屋台規制条例を制定。条例に基づき来年早々にも取り締まりに踏み切ることになったためだ。
当面の対象はビジネス街で営業中の屋台。条例は「ジープニー」の代わりに、市の指定業者が貸し出す「流し台付きアルミ製トレーラー」の利用を義務付けている。さらに、屋台の衛生状態を管理する名目で、同じ指定業者にソフトドリンクや食材、食器類、制服を一括供給する権限を付与。市当局は「指定業者による大量購入で安い仕入れが可能になる」とメリットを強調している。
しかし、屋台をチェーン店化するかのような市の方針に対する反発が高まっている。エステバン通りでタコスやベイクド・スパゲッティなど工夫を凝らした軽食を提供するロルデス・イラガンさん(60)は「軒を連ねていても屋台同士が良い関係を保てたのは、お互いのメニューをまねせずに個性を発揮してきたから」と憤っている。
また、屋台営業歴十八年のレオナルド・ラモスさん(56)の一日の売り上げは約四千ペソという。それでも、「トレーラーのレンタル料は一日三百五十ペソもするし、特定業者からの仕入れは高くつく。値上げを考えている」とこぼした。
一日に二回は屋台を利用するというボイ・タマヨさん(32)=コンピューター関連会社勤務=は「屋台は不潔だというが、全然気にならない。一番重視するのは値段」と言いながら、使い捨ての皿に盛られた焼そばをスプライトで流し込んだ。
「一体誰のための条例なのか」との問いを満載したまま、ビジネス街の食事風景が変わろうとしている。(相良陽子)