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11月15日のまにら新聞から

連載「台風被災1年」(下)

[ 1183字|2014.11.15|気象 災害 (nature) ]

赤子を授かった喜びを糧にして、復興がなかなか進まぬ苦しい日々を奮闘する被災者がいた

妻と子供5人に囲まれたリッキー・アギホンさん(左端)=8日午前、タクロバン市で写す

 高潮と暴風が一瞬で多くの人の命と生活を奪った。愛する親類を失い、嘆き悲しむ被災者が多くいる街でも、子供はいつでも元気に走り回っている。甚大な被害を受けた地域には、復興がなかなか進まぬ苦しい日々の中、台風後に赤子を授かった喜びを糧に奮闘する被災者がいる。

 「神からの授かり物です。本当に幸せです」マリークリス・アギホンさん(34)は、2014年9月に生まれたばかりのジェーンクリシャナちゃんを抱きながら目を細めた。

 台風襲来前、レイテ州タクロバン市バガカイに住むアギホンさん一家では、建材業者の下で働く夫リッキーさん(41)が、家庭の大黒柱だった。運良く住居の喪失は免れ、親類に犠牲者もなかったが、仕事を失い家計を支える手段がなくなった。1歳の娘を含む子供4人を養うため、稼がなくてはならない。

 被災直後、妻はパンケーキを売る商売に挑戦したが、売れ行きは芳しくなかった。新しい仕事が見つからずリッキーさんが途方に暮れていた今年1月、妻マリークリスさんが妊娠していたことが判明した。

 「新しい子供が生まれるんだ」||。リッキーさんは妻が震災前に営んでいたサリサリストア(雑貨店)を再開させることを決意。妊娠した妻に少しでも休んでもらうため、リッキーさんが毎日店番をした。子供が生まれて2カ月。リッキーさんは今も店に立ち続けている。「俺がしっかり働かないと」。

 同州タクロバン市にある東ビサヤ地域メディカル・センターによると、台風被災地では、新しい命を身ごもった母親が急増、ちょっとした「ベビーブーム」にわいている。特に若年層からの出産が増加しているという。仮設住宅で出会った被災者同士が結ばれ、妊娠したとの報道もある。

 同センターのカシオ看護師によると、センター管内で生まれる赤ちゃんは毎月250人だが、9月以降は500人を超え、倍増状態。台風被災によるストレスや生活の変化が影響したのか、早産が増えているという。

 カシオ看護師は、妊娠増加の背景には、台風襲来で壮絶な体験をしたストレスを和らげるため、他者とのつながりを求めている心理状況が影響しているのではと分析する。しかし、出産が必ずしも被災者の幸せを生み出すとは限らない。中には、台風で親を失い生活のために体を売ったがために妊娠してしまった若い女性もいるという。

 アギホンさん一家は、妊娠が分かったことで、被災後、暗い雰囲気になっていた家庭が少し明るくなった。しかし、サリサリストアの収入は多くて一日500ペソ。子供が一人増え、必要な生活費は増えた。節約すればなんとか暮らせるが、家計はまだまだ厳しい。家の一部も壊れたままだ。しかし、5人の子供と妻に囲まれたリッキーさんは「金はないが家族がある。新しい命は、俺に生きる力を与えてくれた」と満面の笑顔を見せた。(鈴木貫太郎、おわり)

気象 災害 (nature)